探偵と推理小説〜チャンドラーの9命題について

最近になって推理小説の歴史についてちょっと調べてみたところ、かなり以前に外国の作家によって推理小説を書く上でのルールが提唱され、それが現在まで一つの基準になっていることを知ったのです。

「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」という2つの有名な規則があるのですが、他にも「チャンドラーの9命題」というものがあるらしいのでそれについて書いてみたいと思います。

チャンドラーの9命題

1.初めの状況と結末は納得できる理由が必要。

納得できるかどうか?というのは個人の価値観にもよるので微妙ですが、現実的で一般的に妥当と考えられるくらいの範囲で書かなければならないということでしょうか。

2.殺人と操作方法の技術的な誤りは許されない。

例えば「拳銃」に関する操作方法やどのように撃たれた場合に死に至るのかは正確な知識で書かなければならないということですね。

殺人事件のある推理小説では「肝」の部分になるので勘違いやミスがあってはなりませんね。

3.登場人物、作品の枠組み、雰囲気は現実的たるべし。

空想や創作の世界を構築したり、超人的人物が登場しまうと、いくら推理を働かせても結局「なんでもアリ」の世界になってしまうのではないでしょうか。

仮に超能力で遠距離から首を絞めることが可能だとしたら、それができる人が何人いるかわからないので推理しても真犯人を確定できないことになります。

現実的に可能かどうかという制限があるからこそ「推理する」意味がある、ということのように思えます。

4.作品の筋は緻密につくられ、かつ物語としてのおもしろさが必要。

忠実に現実に沿うだけであればノンフィクションというジャンルがあります。

わざわざ「推理小説」にするくらいなら面白いストーリーが必要であり、それがなければ読者の興味も引けないということでしょうかね。

5.作品の構造は単純に(最後の説明が誰にもわかるように)。

推理小説は最後に読者が「ああ、そういうことか」「やっぱり思った通りだ」のような反応をすることが必要だと思うんですよね。

最初から難解で理解不能だったらすぐに読む気がなくなりますし、終わりに近づくにしたがってだんだんわけがわからなくなるのも困ります。

作品の筋がわかりやすかったり、仮に複雑でも本筋は単純であったりするのが望ましいということではないでしょうか。

6.解決は必然的かつ実現可能なものに。

最後に「その結末はないな」とか「そんなことはできないんじゃないの?」などと読者に思わせるような解決にしてはいけないということですね。

7.謎解きか暴力的冒険談かどちらかに。

推理小説寄りか、ハードボイルド小説寄りか、ということでしょうか。

8.犯人は罰を受けねばならない。

常識的な考えで言えば、犯罪をテーマにした作品を世に出す以上は、犯人(犯罪者)が得をしたり罰を逃れるようなことがあってはならない、ということなのでしょうか。

または、そもそも読者が何を期待しているか?という点において、最後に悪人や犯罪者が裁かれるというのはいわゆるカタルシスとなるので外してはならないということなのか。

推理小説の中には同情すべき犯人が描かれることもあります。

ストーリーの展開として、犯人を突きとめた後に探偵が見逃す、というのも少なくはないパターンじゃないですかね。

このあたりは本格推理小説を書いていた作家と、ハードボイルドを書いたチャンドラーとの価値観の違いかもしれません。

9.読者に対してはフェアプレイを(データを隠してはならぬ)。

これは言葉こそ違えど、ノックスやヴァン・ダインも同じことを主張しています。

隠し玉を使ってまで読者を欺く必要性って、考えたら特にないですよね。

おそらく不評や汚名しか残りませんし、制限がある中で論理的に構築されたものに読者は称賛を送るのではないでしょうか。

レイモンド・チャンドラー

そもそもチャンドラーとは、アメリカの作家レイモンド・チャンドラーのことで、いわゆる「探偵ハードボイルド小説」を流行らせた作家のうちの一人で、ハードボイルド探偵として有名な「フィリップ・マーロウ」の生みの親です。

作風の違いのためなのか、チャンドラーの9命題は「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」と比べるとやや抽象的な内容になっていると言えるかもしれません。

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